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1.安全基準は事故防止の万能薬か
近年、日本国内での箱ブランコによる死亡・重傷事故の増加を背景に、箱ブランコの危険性を巡る裁判が各地で起こりマスコミにも取り上げられ、さらには超党派の国会議員による安全基準を求める会も発足しており、ちょっとした社会問題になっている。
しかし、遊具の危険性が社会問題化したのは日本だけではなく、欧米でも20年以上前に自治体や利用者を巻き込んだ、ある種のパニックが起きている。
そして、その解決策として登場した遊具の安全基準であったが、残念ながら安全基準そのものは事故防止の万能薬ではなかった。何故なら、安全基準はあくまでも遊具の設計・構造面における大きな事故の原因である「ハザード」を取り除く事を示しているにすぎず(勿論、大変重要な事ではあるが!)、いくら安全基準に沿った遊具が作らされたとしても、維持管理の面や子どもの利用状況における事故原因は解決されずに残るからである。
2.問題は悪玉の危険「ハザード」
ここで誤解してはならないのは、遊び場の遊具で起こる事故をすべて無くそうとすること自体が幻想であって、すべての遊具を撤去しない限りは不可能である。
逆に、子どもの発達に必要で役立つ「善玉の危険」であるリスクへのチャレンジを通して、子どもが小さなケガをすること自体は、大きな事故や新たな危険を回避するための重要な機会であるとする考え方が、遊び場の閉鎖や、遊具の撤去といった安全基準導入直後の混乱による苦い体験を通して、昨今欧米では主流になっている。
しかし、その前提条件として、子どもが自分自身で判断しにくい、重大事故の原因となる「悪玉の危険」ハザードは遊び場から、完全に取り除かれていなくてはならない。一方、欧米で遊具の事故をめぐる裁判の争点となるのは、遊具がそうした構造的なハザードを有しているか否かという点であって、子どもの遊び方が云々という問題ではない。そして、欧米では少なくとも約20年以上前から安全基準で、そうした遊具の幾つかの致命的な構造上の危険性に対して「ハザード」のレッテルを貼っており、遊具の設計・製造・設置また維持管理の各段階において取り除かれる事が要求されている。
3.「ハザード」は社会的な判断
ここで重要なことは、子どもの生命に重大な危険を及ぼす可能性のある「ハザード」は、ある日突然に子どもの前に降って湧く類のものではなく、遊び場だけの問題としてではなく、社会的な認知とコンセンサスを得ることによって、はじめて社会における許容外の危険としての判断が下され、「ハザード」としてのレッテルが貼られるのである。
例えば、アメリカでも昔は遊び場の設置面がコンクリートという時代もあり、その後もアスファルトが流行したが、安全基準で硬質の設置面が遊具からの転落事故における「ハザード」としてレッテルが貼られた影響によって、現在では衝撃吸収素材の設置面を施すことが常識となっているという具合である。
逆に、交通事故による子どもの死亡事故は後を絶たず、その数も容易に減っていないが、車の社会的な効用・利便性に対する社会的な認知から、車が子どもにとって重大な事故要因でも、安全教育等が活発化することはあっても、取り除くべき危険として「ハザード」のレッテルが貼られることはない。
一方、遊具は車と違って、その社会的効用が子どもの発達にある以上、遊具に関する死亡・重大事故が社会的に認知されることは無く、世界的にも遊び方の如何を問わず、構造上の原因による死亡・重大事故を起こしてはならないというのが今や一般常識化している。
4.国および業界の示した解答と今後の鍵
こうした背景のなか、遊具を巡る国内外の動きに後押しされる形で、本年3月にはようやく国は公園内の遊戯施設の安全に関する指針を公園管理者である地方自治体向けに配布し、遊び場における「ハザード」を除去する一方で、子どもの発達に必要な遊びの価値としての「リスク」を適切に管理するという安全対策の基本的な考え方を示した。
しかしながら、国土交通省指針では「ハザード」に関して、欧米の数値基準が参考事例として一部掲載されるに留まっており、具体的な数値基準は示されていなかったため、各自治体の現場では対応に戸惑っている様子が伺える。
そうしたなか、日本公園施設業協会が国土省指針に沿った、遊具の設計段階における安全対策のための具体的な数値規準(案)を今秋発表した。規準案は、欧米の安全基準を十分に研究した上で完成しており、内容面に関しては、設置面関係の記述を除いては欧米のそれと比較しても遜色はない。
また、箱ブランコに関しても欧米の安全基準と同様に、公共の遊び場においては明らかに「ハザード」であるとしており、構造的な事故原因への対応がようやく日本でも言及されるに至った。
今後は、こうした国の指針による安全対策の考え方や、業界団体が示した数値規準が、どこまで各自治体やメーカーに浸透するかが最も大きな課題である。しかし、既に春先に出された国の指針の内容面に関する理解はおろか、その存在すら認知していない自治体も見受けられる現実がある。一方、業界自主規準案に関しても、業界団体に所属しているメーカーは、遊具を製造している数多くのメーカーのほんの一部にしかすぎず、所属していないその他大勢のメーカーに、業界規準案をどのようにして浸透させるかが、大きな鍵となるであろう。
5.パニックに陥らないために
しかし、実際に最も大きな課題になると思われるのは、今般示された指針や規準が求める姿と、現状との違いに対する対応であろう。現実的に、各自治体は現状とのギャップに対し、どのように対応するべきかという点に関して、最も頭を悩ませることになるであろうことは、欧米で安全基準が導入された当時の様子から容易に推察される。
実際問題として、各自治体の実情において、指針や規準を満たしていない遊具施設は撤去するという話になると、現在の公園の殆どから遊具が消えてしまうという結果になりかねない。
勿論、撤去後に新しい規準を満たした遊具が設置されるということであれば話はまた別であるが、遊具に費やすことのできる予算が限られている自治体の台所事情において、撤去の費用が確保できれば良いぐらいで、撤去予算さえ確保できないところは、遊び場を閉鎖するしか方法は残されていないであろう。こうした環境は、安全基準の導入に際して、一時的に自治体がパニック状態に陥った欧米の時と同様の状況に置かれていると見ることができる。
では、そうしたパニックに陥らず、遊環境を後退させないために、遊具の撤去や遊び場の閉鎖をどのようにして回避するかという方法に関しては、リスクマネジメントの考え方に基づき、個々の遊び場で「リスクアセスメント(危険査定)」を実施し、撤去・修復・コントロール・見守るという4つの段階に分けて、現状への取り組みを段階的に進める計画を立ててから、実行に移す必要があろう。
6.アセスメント導入の必要な理由
安全基準の導入に際しては、混乱を回避するためには応急策も必要であるが、いずれにしても現存する遊び場におけるリスクアセスメント(危険査定)の実施は不可避である。英国では法律(職場安全健康管理法;1992)によって、遊び場でリスクアセスメントを実施することを要求している。アセスメントは住民・利用者を守るためであり、一度実施された後も繰り返し見直しが行われるべきであるが、遊び場の大きな変更や遊具の交換が行われない限り、やり直す必要性はないと言われている。そして、リスクアセスメントを導入するメリットは、Rospa(英国王立事故防止協会)の説明によれば、以下の通りである:
▽潜在的な(隠れた)安全の課題を発見できる
▽現状の事前注意のやり方が適切であるかを確かめることができる
▽一度実施されると、ケガが減少する
▽今後の計画や予算が立てやすくなる
▽遊びの価値の評価と同じように、設計者は発達的に適切で安全な遊び場の計画ができる
▽遊び場の運営管理者に関して、専門的なアプローチを示唆する
▽大きな事故が起きた場合、法律でアセスメントが要求される
実際にアセスメントを実施・監督するためには、職場での経験、セミナーの受講、専門的な資格、また特別な技能トレーニングも必要であるが、PSN(プレイグラウンド・セーフティ・ネットワーク)においもリスクアセスメントを実施するために必要な知識を身につけるためのリスクマネジメントに関するセミナーを随時実施しており、ここでは簡単にリスクアセスメントの概略を説明するに留める。
7.リスクアセスメントの算出方法
リスクアセスメント(危険の査定)によって導き出される遊具の危険度は、遊び場におけるケガの重傷度と発生度の2つの基準をもとにして算出されるが、重傷度とは遊び場におけるケガのデーター分析をもとに、重傷の度合いによって以下のように採点される。
▽軽傷・無傷 0‐1
▽軽度な傷害
(要治療)1‐2
▽大きな傷害
(学校等を休む)2‐3
▽重傷
(長期療養)3‐4
▽死亡・障害が残る事故
4‐5
また、ケガの発生度は遊具のアイテムや設置状況別による事故データーベースの分析をもとに、起こりにくい(低いリスク)状態から、起こりやすい(高いリスク)状態まで、以下の通り5段階で評価される。
▽低いリスク 1
▽低‐中程度のリスク2
▽中程度のリスク 3
▽中‐高程度のリスク4
▽高いリスク 5
そして、危険度を算出するためには以下の公式に示されるように、想定される事故におけるケガの重傷度と、その事故の起こり易さである発生度をかけ合わせたものとなる。
重傷度×発生度=危険度
こうした危険度の算出方法による考え方を基本に、これまでの遊具に関する事故のデーターベースを、事故の重傷度と発生度をもとにマトリクス分析を行った結果、表1 「危険査定による危険度と安全対策」に示されるような査定合計(点数)にもとづき、最低のリスクから受容不可のリスクまで、5段階レベルの危険度に分類され、それぞれの段階において取られるべき安全対策が示されている。
8.簡便なアセスメントの実施方法
本来は、上記のような算出方法によって危険度は導き出されるが、実際に遊び場の危険査定を実施するにあたっては、査定する遊具ひとつひとつに関するケガの重傷度や発生度に関する情報を当てはめるのは不可能である。そこで、一段階目は査定する遊具が安全基準に適合しているか否か、そして、維持管理は実施されているか否か、更に遊具の設置面の状況はどうかの総合的観点から表2「設置状況判定基準表」にまとめられているようにAからDまで6段階の判定が行われる。二段階目に、予め遊具毎にデーターベース化された表3「遊具の種類別危険査定基準表」に、遊具の判定状況を当てはめる方法によって、査定する遊び場における個々の遊具の危険度が簡単に得られる仕組みになっている。アセスメントの実施によって、個々の遊具の危険度が得られたら、最後に表1「危険査定による危険度と安全対策」に、その危険度を当てはめ「最低のリスク」から「受容不可のハザード」まで各段階に応じて必要な対策を個々に講じることになる。
このように、リスクアセスメントは、安全性の向上のために基本的な仕組みと枠組みを提供するものであるが、すべての遊具で不測の事態に備えることは明らかに不可能であり、完全なシステムを提供することは、天候、服装、靴、子どもの行動などの要因が異なるため不可能である。また、それぞれの遊具に関する評定で高低を決めるのは査定者自身であり、査定する場所における遊具や利用状態の知識が、判断に大きく影響する。そして、査定者は遊具の利用頻度やロケーションによって評価数字のアローアンスの決定も必要である。アローアンスは利用頻度によって変化する。例えばブランコの方が、のぼり棒よりも一般的にポピュラーであり、利用頻度も異なるため事故の確率も異なってくるという具合である。
9.まず何からはじめるべきか
欧米では安全基準の導入時に、遊び場の管理者がパニック状態に陥ったことは前述の通りであるが、そうした混乱を緩和する方策として採用されたのがリスクマネジメントの考え方であり、まず何から手を入れるべきかをリスクマネジメントのマトリクス上で、取り除くべき「ハザード」(アメリカでは命に関わるまたは障害が残るようなハザードを「クラスAのハザード」と呼び、他のハザードとは区別している)として明らかにし、最も重点的に対処すべき課題として重要視し、長い年月をかけて遊び場の改善を行ってきている。
そうした経験をもとに、具体的にまず何(どのようなハザードの除去)から始めるべきかを、アメリカのASTM規格の策定委員を務めた、公園の維持管理の権威であるケン・クツカ氏のアドバイスによれば、クラスAのハザードとして、米国ASTM規格・CPSC指針において公共の遊び場への設置が推奨されないもの(金属製の重いブランコ・箱型ブランコ・ロープ式のブランコ・回旋式ブランコなど)を除去し、更に、遊具のコンクリートの基礎を埋めるか、または取り除き、利用域にある硬い着地用のパッドも取り除くことを、まず推奨している。加えて、設置面が十分な衝撃吸収性を持っているか、または、遊具の高さが設置面の吸収力を超えていないかを再評価することを薦めている。
また、英国DES指針の策定委員長を務め、BS規格やEN規格の策定に携わったロビン・サトクリフ氏も、具体的な対策のポイントとして、最重要かつコストの少ないものから手始めに実行することを薦めており、具体例としては、遊具が30cm以上の高さがある場合に、周辺地面からコンクリートやアスファルトを取り除き、ブランコのクリアランスを400o以上に上げ、木や金属でできた椅子は衝撃の柔らかいものに交換する事を推奨している。その一方で、1・5mまでの遊具の高さと、ブランコの設置面に関しては自然の状況(芝生等)を認めており、安全設置面の導入に際しては実益を考えてその導入を図ることも薦めている。そして、規格導入に際して、リスクアセスメントを実施した上で、実行期間にはあるていどの猶予期間を定めて実行する事が現実的であるとしており、これから規準の導入を始める自治体にとっては参考となる指摘である。
ここで紹介したリスクアセスメントの手法は、いよいよ日本の遊び場にも導入される安全規準が、子どもにとってより価値の高い遊び場づくりに、効果的に運用されるために、英国で開発された便利で簡便な方法である。
今後、日本の遊び場においても十分に適応可能であり、自治体を中心に遊び場の設置・管理者の方々が安基準の導入に際して、まず実施すべき安全対策の決定時に、役立てば幸いである。
さらに、安全基準が導入されることによって、すべての遊具が一夜にして突然、撤去・閉鎖すべきハザードに化けるものではないことを十分に認識して、国の指針が示すように、遊び場におけるこどもの遊びの価値をいかにして高めることが出来るかという観点から安全基準を導入して頂けることを期待する。
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