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エッセイ「世のうちそと」
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世のうちそと

 名知らず顔


大評判になっている映画「君の名は。」を見た。シナリオみたいな文庫本も200万部以上売れているそうである。
世上ではノスタルジーに胸が塞がれて大人でも涙腺がゆるみ泣ける映画という触れ込みである。が、泣けなかったし、あらすじもよくわからなかった。アニメ映画なのも年寄りには感情移入しにくい。実際上映後にひとりの女性が「何これ」といった顔で戸惑っていたのも無理はないような気がした。
上映館はどこも混み合っているらしい。新宿歌舞伎町で切符がとれたのは最終回。それも一番前席の一人端っこ席、隣は若いカップルだった。ともあれ大変な人気である。
「失われた時間、喪失感にあふれた映画」と論ずる向きもある。が、むしろ希望のメッセージを届けてくれる物語と受け止めた。失恋ドラマではない。
70歳以上の人たちなら、敗戦後に封切られた菊田一夫原作の「君の名は」と間違えやすい。が、主演の佐田啓二と岸恵子の「君の名は」とはちがう。タイトルにも尻に読点がつく。内容も片や戦時下、今回のは平成の現代だ。
田舎に住む女子高生宮永三葉
と東京に住む男子校生立花瀧は共に高校生。
この2人の心が夢見を通じて入れ代わる。そんな奇妙な体験をするのが物語の発端だ。
いっぽうで、1,000年に一度という彗星が接近する。時空を超えた物語が展開する。
何しろ、画面が美しい。木漏れ日差す山道、東京新宿の四谷周辺の街中のビル、その看板まで、実際の風景と重なる。それもリアリティあふれる描写だ。太陽光、室内の明かりの繊細な表現、まるで生きもののように情感にあふれている。超絶技巧というべきだろう。
お互いに恋心を持つ男女が物理的に結ばれない。恋愛モノの王道である。喪失感を抱きながら生きていく。監督は43歳の新海誠監督。
観客は10代から20代のカップルがほとんどだ。9月28日集計された興行収入は100億円を超えた。ジブリ映画並みである。
映画が始まってすぐ、隣席の若い女性が泣く。いきなりの涙。予定調和の涙とはこのようなことか。初見のこちらは戸惑う。彼女は前にもこの映画を見ているのだろう。感情移入するポイントを待ちかまえていた。だから何度でも泣ける。観客動員数はまだまだ伸びるだろう。
うーん、還暦世代には隔たりを感じる。
主人公たちは共に18歳、恋になやめる年ごろだ。異性を意識して、ばく然と見知らぬ人の背中を探している年齢だ。抱えている想いは戦後だろうが、平成の世だろうが、変わらないのだ。青年期には不変の物語となる。
父親は町長、祖母は神主、田舎に住む。三葉にとっては、ここは狭すぎ濃すぎる。それで、東京へ出たいと熱望している。でも、映画でみる限り、田舎こそすがすがしい過疎であり緑豊かな環境下にある。どこか誇らしい風景に映る。だが、若者はなぜか都会をめざす。
田舎は若い人にとっては、カフェといってもバス停のベンチを利用する、自販機にコインを入れてのコーヒータイムだ。
ある朝、鏡に知らない男の顔が映る。「お前は誰だ」と叫ぶ。
三葉は「東京ってすごすぎる」と思う。
都会は人が多い。様々な匂いに満ちている。コンビニ、ファミレス、公園、工事現場、駅、電車の中、人が集まるところに濃い匂いが留まり、心をざわめかせる。
祖母は巫女、妹の四葉との3人暮らしという設定。父は町長、母親はいない。一方、瀧の父親は霞ヶ関の役人。
三葉と龍の二人は不定期に入れ替わる。週2、3度だが。
お互い「恋人いないんじゃなくて、つくらないの」。三葉はそんな言い方をする。そして
入れ替わりは突然に終わる。
彗星が割れて町に落ちる。
17才、恋に悩む年頃にはじまり、6年間、すでに2人は社会人となり、同じ東京の空の下に暮らしている。でもお互い顔は見ていても、名前は知らないのだ。名無しの顔同士なのである。いかにも創作らしい。
音楽がいい。ラッドウインスRADWIMPSと名乗る若いミュージシャンたちの歌声は、明快で明るく軽快で心地良く響く。
菊田一夫のように「忘却とは云々」といった重いメッセージもない。新旧作品で共通しているのは、美男美女が主人公ということぐらい。アニメというバーチャルな世界で、主人公たちは恋愛する。仮想現実の世界では、こうした若い美男美女を好む傾向がますます強まるだろう。幸せな話にまとまっている。
主人公龍は就職するシーンで面接官の前で志望動機を述べる。「東京だっていつ消えてしまうかわからない」「だからたとえ消えてしまっても、いえ消えてしまうからこそ、記憶の中でも人をあたためてくれるような街作りをしたい」と述べる。
確かに経済よりも大切なものがここにはある。そんなときめきが感じられる映画である。実写版でもいけそうな気がした。

( 2016/10/02 )

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