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世のうちそと

 ロンリ―・オットセイ

ロンリ―・オットセイ

水族館は駅から歩いて10分程の所にあった。近くの海水浴場からも遊覧船が出ていた。ポンポン船に乗れば20分ほどで街中の石浜に着く。下船してすぐに正面に水族館が見えた。町史によれば、水族館は昭和31年(1966)開館とある。敷地3000坪に建坪60坪の小体な建物。内部に入ると小さな水槽が16基。グルリ一回りすると鑑賞時間は30分もかからない。観光客は一度来館すればそれで佳しとするといったシロモノだったろう。

それでも丸窓ガラス越しに水槽の中で泳ぎ回る魚を鑑賞できたのは新鮮な驚きだった。沿岸域に棲む魚をはじめタコ、ウニやつぶ貝がいる。通常なら直接もぐって、浜にあがって火に炙って食べる食材が眼前にある。奇妙な光景に映った。

淡水魚、熱帯魚などが泳いでいるのを見ることもできた。珍魚、怪魚が漁師の網にかかると、さっそくここに運ばれてきた。が、それらはほどなく死んでしまう。今のように飼育技術が進み、ノウハウがあったなら、きっと楽しい水族館になったことだろう。
館内では海水が導水管を通して間断なく補給されている。その音が雑音となって耳を圧するほどの反響音を出す。うるさかった。

水族館は夕方5時になると、報せの音楽が流れ閉館する。むしろそのあとからの方が、近在の悪ガキが集まってきて子どもたちの遊び場天国となった。鍵がかけられていても効果は薄い。どこにでも侵入する術を身につけている。

入場口から館までの前庭に遊具が置かれていた。ブランコ、シーソー、回旋塔などだ。中でもジャングルジムは鬼ごっこ遊びに使われ、大人気だった。いまなら危険だからと、大人から注意を受けるに違いない。が、昭和30年代当時の子どもたちは自由放任されていたし、人数も多かった。遊ぶ環境に不自由はなかった。みんなして暗くなるまで遊んだ。

広場の一画に金網で囲われ、オットセイが泳ぎ回っていた。水槽がそれほど大きくないのでぐるぐると回るしかすべはない。こどもたちは遊びに厭きると近づいていって、彼をからかう。だが彼は反応しない。子どもたちの存在など目に入らないらしく無視している。中には石を投げつけたりする者もいる。水底に石が堆積する。これが問題になり「石を投げてはいけない」という張り紙が貼られた。無断侵入についての注意書きも出た。そうした出来事があって、子どもたちの足も遠のいてしまった。

当時筆者は10歳であったと思う。ときおり、ひとりで忍び込んで行く。時間の使い方に思いあぐねていた年頃で、無為の季節だったのだと思う。オットセイに「お晩です」とあいさつする。飽かず泳ぎっぷりに見惚れて時を過ごす。夕闇が濃くなるなか、黒い影は休むことはない。彼の孤独な時間に自分のそれを重ねるような気持ちだったのだろうか。やがて、愛しくもなり、応援する気持ちが芽生えていった。

冬が近づくと水族館も雪が解けるまで閉じられる。オットセイもいずこかへ移された。やがて水族館そのものが取り壊された。跡地には町営住宅が建ち並んだ。長い歳月が流れ、すべてが記憶の彼方に霞んで行く。いまでは、故郷の思い出の中に名前も知らないオットセイの泳ぎ回る姿が浮かぶ。夢の中のオットセイは水面を蹴って空中高く踊りあがり、フェンスの高さを遥かに超えて、街を望見しているのだ。

( 2010/07/16 )

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